和田中学校での実践


平成20年度から、平成25年度まで、和田中の5年間で実践してきた、主な取り組みについて紹介します。

  1. 地域を巻き込んだ学校経営
  2. 教員の多忙感を解消する
  3. 部活イノベーション(民間活力の導入)
  4. 脳科学の理論を取り入れる
  5. デジタル(ICT)教育の実践
  6. 「よのなか科」の実践
  7. 学力を向上させる

(1)地域を巻き込んだ学校経営

2004年。和田中に地域住民で組織する「地域本部」が発足しました。芝生の管理、図書館の運営などを地域住民の方々にサポートしてもらい、学校の中には専用の部屋が用意されました。

2008年4月。私が、杉並区立和田中の校長となり、「地域本部」の活動を、より生徒の学びにかかわる事業にシフトさせました。学校経営に更なる地域の力を注入し、「いい学校づくり」と「いい街づくり」を両立させていこうと考えました。

2013年。私が退任する年には、地域本部には発足して9年目を迎え、多くの地域住民が参加し、生徒の多様な学びをサポートする成熟した組織になりました。

生徒の宿題や自習を大学生が中心となってサポートする「土曜日寺子屋(通称ドテラ)」、英語検定に特化した講座「英語Sコース」、私塾と組んだ夜間特別補習授業「夜スぺ」などの講座に参加する生徒は、200名近くになりました。地域本部の責任者が、学校の重要な会議に出席するなどして、学校との連携を取りながら、こうした事業を、すべて地域の方々執り行っています。

和田中の「地域本部」の活動が発端となり、杉並区では2012年には、小学校64校、中学校23校すべての学校において、「地域支援本部」の組織が設置されました。また、文部科学省では、普及のための予算支援があり、こうした取り組みが2013年時点で、全国に3,300校程度にまで広がっています。

(2)教員の多忙感を解消する

OECD(経済協力開発機構)の調査によると、世界先進17か国の調査のなかで、日本の教員の労働時間は年間1899時間で、アメリカに継ぎ世界で2番目に長い。その一方で、労働時間に占める「授業に費やしている時間」は37%で、加盟国中15位で、授業のために十分な時間が費やすことができていないのが実態です。

そこで、和田中では、教員の忙しさを解消し、「授業に費やしている時間」を確保できるように、いくつかの手立てを打ちました。

その一つが、前述した「地域住民の力を生かした学校経営」です。よく「地域との連携が、うまく機能しないけれど、どうしたらうまくいくのか」という質問を受けましたが、そんな時は、こんなアドバイスをしていました。

「教員が一生懸命に関わりすぎないこと。」

そもそも、地域本部の活動は教員の負担を軽減するための組織なのに、多くの学校では、教員が土曜日学校を切り盛りしているのが現状です。教員が積極的に関われば関わるほど、地域の方々にとっても、逆に、「自分たちでやっている」という、主体的な気持ちが薄れてしまいます。

私は、教職員には、地域本部の休日の活動に関しては、「無理をして、出なくていい」と伝えていました。
その他にも、校内研修のスリム化や、デジタル教材を導入して、成績管理の省力化などを行い、教員の多忙感の解消を図ってきました。

(3)部活イノベーション(民間活力の導入)

和田中では、学校経営に民間企業の活力を積極的に導入しました。
その一つの取り組みが、私塾が夜間補習授業を行う「夜スペ」であり、もう一つは、休日の部活動の指導をプロのコーチに外部委託する「部活イノベーション」です。

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「部活イノベーション」は、具体的には、以下のような内容です。
「休日の部活動の練習を学校の教育活動と切り離し、プロコーチを派遣するスポーツ企業に委託する。各部活の保護者会が主体となり、企業と契約を結ぶ。保護者会は一人1回500円の指導料を負担する。実施回数は、月2回。プロコーチは学校との連携を図りながら、生徒の技術指導だけでなく安全管理も行う」。

この取り組みは、顧問の先生方の負担の軽減をしたいと思ったのがきっかけでしたが、その一方で、生徒にとっては、競技経験のない指導者に教えられていては、成長の機会を損失している、という思いがありました。

2012年7月からは、サッカー、野球、剣道、バスケットボール、バドミントン、テニスの6つの部活動が導入しました。2013年4月からは、卓球部も加わり、7つとなりました。

さらに、この取り組みがきっかけとなり、翌2013年度の杉並区の教育予算の中に、「部活動活性化事業のモデル実施」として、約2,000万円が計上され、杉並区でも、休日の部活動をプロコーチが指導する体制が一気に整い始めました。

(4)脳科学の理論を学校現場に取り入れる

文部科学省の定める学習指導要領では、学校ごとに、弾力的な時間割を組むことが認められています。

そこで、和田中では、2010年4月から、全校生徒が一斉に取り組む、モジュール学習(短い時間で弾力的に行える学習)を導入しました。「45分授業、週30コマ」にして、「20分の朝学習」の時間を確保し、その時間で、「脳トレ」の第一人者、東北大学、川島隆太教授にプラグラム開発を依頼しました。

朝学習では、最新の「脳トレ」の理論に基づいた、計算、音読、英語リスニングを行いました。

以下は、川島隆太教授からいただいたコメントです。

■東北大学 川島隆太教授のコメント
和田中学校が3年間実施してきた「音読・計算・英語リスニングとドリル」を行う「Brain Training」は、主として脳の「処理速度」(パソコンでいうと「CPUのクロック周波数」)を向上させるトレーニングである。そのトレーニングを継続した結果、「脳がよりよい状態」になり、生徒の“集中力”が向上していることは明らかである。また、その“集中力”が向上した転移効果として、脳の「記憶容量」(パソコンでいうと「RAM容量」)が増え、“記憶力”の向上についても一定の効果があった。
また、「Brain Training」と学力向上との相関関係においても、国語、数学、英語には相関が出ており、トレーニングの効果は証明された。

〔2年間の“集中力”の推移〕

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〔2年間の“記憶力”の推移〕

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(5)デジタル(ICT)教育の実践

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2010年9月から、産学協同研究を目的に、企業様から、iPad 40台を無償で提供していただき、授業での活用を始めました。特に開発に力を注いだのは、教室において生徒同士がもっと活発にディスカッションができるためのプログラムです。タブレット端末に自分の意見を入力すると、クラス全員の意見が、電子黒板の画面に瞬時に表出されるものです。

生徒の能力の向上に対しては、ICT教育が有効であること幾つか分かり始めましたが、意外だったのが、授業の進め方が上手いベテランの先生のほうが(操作を覚えるまでには時間がかかりますが)、デジタル教材の機能をうまく使いこなせる、ということです。それは、「どういう質問をすると生徒の議論が盛り上がるのかといった」など、授業の進め方や生徒の把握の仕方を、ベテランの先生のほうがよく心得ているからなのです。

また、デジタル教育というと、「ゼロとイチ」との、無味乾燥な教育を推進する教育のように勘違いをしている関係者も多いのですが、実は、より子ども達の、アナログ的な表現力や判断力を伸ばしていくことだということも分かってきました。

よのなか科NEXTでの「意見板プログラム」

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生徒の入力した意見や考えが瞬時にプロジェクタに投影され、全体で共有される。

ICT機器の導入後、2年が経過した時点で、和田中の先生方へのアンケートを行いました。「他の先生の授業は参考になったか」という質問に対しては9割5分を超える先生方がYESと回答し、「自分の授業改善のきっかけになったか」という質問に対しては、全員の先生方が、YESと回答しており、教員の意識改革にも、大きな影響があることがわかりました。

(6)よのなか科の実践

2015年の世界学力調査(PISA調査)では、「コラボレーティブ・プロブレム・ソルビング・スキル(Collaborative Problem Solving Skill)、つまり、「協働的問題解決能力」が測定される見通しです。

これは、「意見の違う相手とも力をあわせて、課題を解決していく力」のことです。高度なコミュニケーション能力、対話力とでも言いかえることができるかと思います。

そこで、和田中では、この力をつけるために、「よのなか科NEXT」と題した授業を行っていました。
この授業は、校長が進行役をつとめ、実社会で活躍するゲスト講師を招いて、答えのない現代社会の問題を、みんなで討論していきます。1、2年生は月に1回の授業を年間12回、3年生は月に2回、90分の授業を年間24回、また全校が一同に集まって、年2回の授業を行っていました。卒業するまでの3年間で、約60回の授業を受け、約60名の社会人に出会い、約60のテーマについて話し合いを行います。以下は、平成24年度の3年生で行ったテーマの一部です。

  • 「あなたが自治体の責任者なら、住民の反対があっても、がれきを受け入れますか?」
  • 「この夏、安全が確認された原発は、再稼動すべきですか?」
  • 「若者のネット依存を無くすため、政府が携帯の使用を規制すべきですか?」
  • 「20歳から18歳へ、投票権を引き下げることに、あなたは賛成ですか?」
  • 「ゴミの集積所が、あなたの家の前に移転する計画があれば、反対しますか?」
  • 「国籍を変更した日本人のオリンピック選手を、あなたは応援しますか?」
  • 「13歳へのがん告知は、医者か保護者か、どちらが告知すべき?」
  • 「安楽死を法律で認めることは、許されますか?」
  • 「iPS細胞を使って、子宮外で赤ちゃんを産むことは許されるのか?」
  • 「君たちが大人になった時に、社会から求められる力とは、一体どんな力?」

※参考資料参照→「平成24年度よのなか科NEXT テーマ一覧」

(7)学力の向上

和田中が民間人校長になってから、私の任期が終わるまでの10年間、和田中の学力は飛躍的に向上しました。平成16年から始まった杉並区の学力調査において、和田中は、杉並区に23校ある中学校の中でもっとも低いレベルにありましたが、継続して上昇を続け、平成23年度にはついにトップクラスになりました。この間、ただ平均点が上昇しただけでなく、習熟度の低い(勉強についていけない)生徒の割合も、大幅に減少していきました。

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和田中では、データや客観性を重視し、5年間、生徒数のべ約1,100名のデータを詳細に分析し続けました。すると、(1)「携帯・ゲーム・テレビの視聴時間」、(2)「集中力と記憶力」、(3)「朝ご飯と基本的な生活習慣」、(4)「社会関心力」、(5)「コラボレーション力」、と学力とは、相関性が強いことがわかってきました。

しかし、学力が向上した最大の要因は、教員、保護者、地域住民、みんなが、束になって、よい学校づくりに力を注いできた結果だと思います。そして、みんなが力を合わせ、一つの共同体になったことで、子どもに関わる大人が多くなり、子ども達には、今まで以上に、生徒のやる気や主体性が育まれてきました。

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生徒たちが、「これから、こんなふうに生きてみたい」「そのために、自分で勉強をしたい」という意欲をもてるようになったことが、学力が向上した最大の要因だと考えています。